g_03.gif エリーシア戦記

...Record Of Ariesia War...


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第64章 琴瑟相和


【神聖紀1233年8月、テリム】
※総旗艦『スキーズブラズニル』号
 真夏の太陽が、紺碧の空高く上る。容赦なく降り注ぐ日光は、町も大地も、熔けるように白く輝かせている。陽炎が揺らぐ街道に、行き交う者の影は無く、皆、屋内の奥深くに逃げ込んでいた。
 乾いた風が吹く岸壁の向こう、瑠璃色の海の上を、五本のマストを持つ大型船が、ゆっくりと進んでいる。
「テリムの荒廃は、ご覧の通りです」
 大型船の甲板には、幕僚五傑などの軍幹部が日傘の下に並び、その一歩前にオーギュストが立ち、望遠鏡を覗いていた。
 その背へ、緊張した声が投げ掛けられた。時代遅れの礼服を着て、甲板に額を付けるほどに恐縮して平伏している。
「王都とは名ばかりの田舎町です」
 別の男が、裏返った声で、話を繋げる。平伏しているのは、5人。親子ほどの年の差はあるが、どの顔も日に焼け、逞しい表情をしていた。
 オーギュストは、海路、テリムに凱旋すると、まず船上からの視察を始めた。バイパール半島の先端、未だカリハバールの占領地であるライデンへ遠征するためには、兵站基地であるテリムの復興が肝心であった。故に、この場に、テリムの豪商を招いていた。
「だな」
 オーギュストは、望遠鏡を降ろすと、事務的な表情で小さく頷く。
 今度は、最年少の男が、しっかりとした声で語り始めた。
「まずは港の拡張、城壁の修理などを急がねばならぬことは重々承知しております……が、テリムの街は、下水どころか上水も整っておらず――」
「ああ、分かった」
 オーギュストは、懸命な声を、軽い相槌で遮ると、さっとキャビンへと歩き出す。
 キャビンには、20人ほどが座れる大きなソファーが一組あり、中央の席には、豹の皮が敷かれている。
 その豹柄の上で、長い脚を組んだアフロディースが、一人ワインを飲んでいた。ワインと同じ赤いドレス姿で、入ってきたオーギュストたちを見上げながら、ゆっくりと脚を組みかえる。
 その妖艶な動作に、男たちはただただ息を呑み、金縛りにあったように動けなくなってしまう。ただ一人、オーギュストだけは平然と歩を進めて、その横に坐り、徐に膝の上に手を置いた。
「なかなか綺麗な海だったぞ」
「陽射しが嫌いなの」
 素っ気なく答えて、またワインを口に含む。やや不満げに口を歪めて、オーギュストは入り口付近に立つ技術士官に視線を向けた。
「あの入り江と湿地は埋め立てるぞ」
「……」
 技術士官は、まだ呆然としている。
「それからメインストリートが広げて、碁盤状に道を作れ」
「御意」
 我に返った技術士官が、慌てて返答する。
「本格的な区画整理せねばならん」
 途端に、平伏する豪商たちの顔が紅潮した。町の近代化は、彼ら商人の悲願である。
「我ら一同、身代をとして、ご協力致します」
 必死に叫んだ声は、涙で擦れている。
「ああ」
 オーギュストは、借物の笑顔で頷く。


※マックス邸
 その夕刻、オーギュストは、テリム郊外の高台にあるマックスの邸宅を訪ねた。新しい愛人(第59章参照)を見せたい、と執拗にせがまれて軍議を抜け出して来ている。
「臣ごとき館に玉体をお運び頂き、恐懼の窮み……」
 玄関で、掌に書いた文字をこそこそと見ながら、マックスが呟く。愛人たちに見栄を張ろうと、精一杯礼法を演じている。
 だが、受ける側のオーギュストが、気ままに振舞っているので、まるで空回りしている。
「あ、そう」
 オーギュストは、素っ気なく答えて、ずかずかと案内も請わずに奥へ進んでいった。玄関に残されたマックスの背が、寂しく丸くなる。
 黄昏色の日が、中庭に満ちていた。切り揃えられた躑躅の生垣を越えて吹き抜ける風は、涼やかで、夜の気配を含んでいた。
 芝生の上の大理石テーブルにつく。
「……」
 二人の愛人が綺麗に着飾って出てくる。そして、緊張の漲った顔をぎこちなく下げて、無言で挨拶した。
 一人は、小柄の丸い顔で、目鼻立ちは綺麗に整い、肌は抜けるように白かった。黙っていると、もの静かな印象を受けるが、一旦笑い出すとまるで太陽のように明るい表情を作り出す。長い睫毛に縁取られた二重のぱっちりした瞳の奥には、常に好奇心で輝いているようだった。
 もう一人は、すらりと上背があり、小麦色に焼けた肌とスポーツで鍛えた健康的な肢体をしている。やや壁を感じ、声を掛けがたいクールな雰囲気を持つ。切れ長の細い目はつねに警戒感を発しているようだった。
「ど、どうぞ……」
 長身の方が、震える手で、オーギュストのグラスにワインを注ぐ。
「……」
 憮然とした表情で、マックスも席に着いた。
「旦那様、乾杯を」
 愛人たちが声を揃えて言う。
「そうだね」
 忽ち、マックスの目が蕩けて、猫撫で声に変わった。
「そうだぉ、そうだぉ」
 オーギュストはグラスを手に持ったが、口に運びかけた手を止める。
「目玉は、海に飛び込むジェットコースターになったぉ」
「何が?」
 ぽかんとした顔で、マックスが問う。
「新生テリムだぉ」
 オーギュストは、グラスの縁を唇に着けたが、すぐに下げて、熱く語り始める。
「岬にはドネール湾を一望する大観覧車を作るぞぉ。勿論、城門を入ってすぐの所には、メリーゴーランドも作るぞぉ」
「それじゃ遊園地だな、ははは」
「ああ、ギュスターヴ(第三皇子)が喜ぶぞぉ」
 オーギュストは、未来を夢想して、にたりと笑う。そして、再び、グラスを持ち上げた。それを、愛人達が、固唾を呑んで見詰めている。
「そうそう」
 再び、手を止める。
「犬を飼ったんだって?」
「おお」
 マックスは破顔して、自慢の愛犬を呼ぶ。すぐに、黒光りする短毛に、精悍な顔立ちをした犬が近寄ってきた。オーギュストが手を伸ばすと、犬は、素直に頭を撫でられる。
「いい子だ」
 オーギュストは、指先でワインを掬って、犬に舐めさせた。途端に、犬は苦しみ出し、倒れて、そして、血を吐いた。
「毒の匂いがきつ過ぎる。ワインの風味が消えてしまった」
 笑顔を湛えたまま、二人の愛人を見遣る。そこには、禍々しく唇を歪める顔があった。
「畜生」
 愛人たちは、オーギュストを鋭く睨んでいた。
 これを合図に、数人の若い男たちが物陰から姿を現す。手には大型のボウガンがあった。
「お前達ッ……冗談は――」
 言葉が終わる前に、長身の愛人の足が高く跳ね上がり、マックスの顔面を蹴った。
「黙れ、ゲスッ!!」
 そして、呪詛のような声で叫ぶ。
「我々が受けた屈辱を何倍にでもして、その体に刻み込んでやる」
「グハッ……」
 倒れたマクッスの腹を蹴り上げる。マックスは悶絶して、地に伏した。
「女はやはりこのくらいの方が、可愛いな」
 テーブルの端に坐ったまま、オーギュストはゆっくりと手を叩く。
「お前は死ね!!」
 威勢よく長身の女は命じたが、仲間の若い男たちは、上手く矢を番えることができずに、手間取っている。ようやくリーダー格の男が、矢を放ったが、明後日の方向に飛び全く掠りもしなかった。
「やれやれ素人だなぁ……」
 ぼやくように呟き、オーギュストは立ち上がった。そして、一番近くの男の元へ一瞬で迫ると、圧倒的な力で顎を掴み、先ほどの毒入りワインを口へ流し込んだ。
「ぐがァ!」
 血を吐き、手足を釣り上げられた魚のように痙攣させる。そんな仲間の姿を、真っ青な顔で見詰めながら、リーダーは、女たちの元へ走った。
「に、逃げるぞ」
「あ……」
「……」
 女たちの手を掴んで、裏口へと走り出す。
「バカな連中だ。一生、怯えて過ごせ」
 オーギュストは、彼らを追わなかった。所詮、素人の犯行である。背後関係もないと思われる。騒ぎが大きくなれば、マックスを辱めるだけであろう。
 二人の愛人と仲間は、追跡されることなく街の喧騒に消えた。
 オーギュストは、マックスの傍らに立つと、険しく言い放つ。
「お前の脇が甘いから、素人の学生を増長させた。少しは反省しろ」
 地に、小さく丸まる巨体が震えていた。


※テリム宮殿
 その夜、この夏一番の熱帯夜となる。宮殿に戻ったオーギュストは、不機嫌を窮めていた。赤い壁の廊下を、踵をぶつけるように歩く。すでに男子禁制の後宮に入っていた。
「申し上げる」
 突然、女官の列から、女が飛び出てきた。
 長身でほっそりとしている。手脚が棒のように長く、細腰も細い。首もすらりと伸びていた。鼻筋はすっと通り、口は薄くきりっと引き締まり、顎が形よく尖り、そして、瞳は勝気そうに大きく澄んでいた。まさにエルフの名残を感じさせる美しさがあった。
「何故、私がここに居なければならないのです」
「……」
 オーギュストは、じっとノースレイン子爵夫人デイジー(第60章参照)を見据えた。女の金切り声と熱帯夜の暑さが相まって、一段とオーギュストの頭を苛立たせる。
「私は、武人として、夫の代理として、この軍に参加している。なのに、この扱いは理不尽だ」
「……」
 無言で、デイジーの前に足を止める。
「一度関係したからといって、私を自分のものにしたとは思わないで頂きたい」
 声を顰めはしたが、口調は射すように鋭い。
「……あん?」
 しかし、睨み付けたが眼光が、凄まじい赤光で打ち消された。冷酷な視線が、矢のようにデイジーの華奢な身体を貫く。
「ひぃッ」
 デイジーの脳裏を恐怖が埋め尽くす。心を雨のようにきりなく戦慄が叩く。膝がわなわなと震えて、歯がガチガチと噛み合う。
――殺されるッ!
 溜まらず、足が一歩下がった。
 その瞬間、オーギュストの腕が、デイジーの腰に巻きつく。
「……いやっ」
 力任せに、ぐっと引き寄せられる。
 デイジーは必死に歯を食い縛って、すくむ両手をオーギュストの胸に当てて、懸命に押し返そうとするが、ピクリとも動かない。
「……離しなさい……でないと、ひぃぁッ」
 懸命な抗議の声も虚しく、オーギュストの手が、尻肉をがっちりと鷲掴みした。引き締まり、まだ青い硬さの残る尻肉に、五本の指が食い込む。さらに、デイジーの身体が持ち上がるほどに、瑞々しい柔肉を揉み上げる。
「ひぃッ」
 喉から短い悲鳴を搾り出し、腰をくの字に曲げつつ、頑迷にオーギュストの魔手を拒む。
「ノースレイン子爵の腰は、どうか?」
「何が?」
「あの状態ならば、ここを可愛がってもらえていないのであろう、うん?」
「ひぃうぅ!」
 忽ち、身体が強張る。指先で割れ目を弄られ、膣穴と尻穴を同時に刺激された。
「……ううぅ、ぐぅううん」
 二つの穴を、緑色の軍服のパンツ越しに弄られて、貴婦人とは思えぬ獣のような声がもれる。
「散々開発してやったからな」
「……知らない」
「どちらの穴でもいけるように、調教してやっただろう」
 ここは後宮とはいえ、宮殿の廊下である。たくさんの女官が周りにいる。
 その全ての視線が注がれる中で、尻穴をぐりぐりと抉られて、淫らに悶えている。
 その全ての耳が、そばだてられている中で、初夜の痴態を暴かれてしまう。
 プライドが、粉々に砕けていく。今にも気が狂いそうだった。
「お、おゆるし下さい……」
「ダメだ」
 熱い息を吹く唇を、あっさりと奪われる。
「うがぁッ、……あああン」
 烈しく吸われて、デイジーは、目を見開いた。そして、次の瞬間、甘く鼻を鳴らしながら、静かに瞳を蕩けされていく。
「今夜は久しぶりに、この穴を使ってやろう」
 オーギュストが、耳元で囁いた。


※テリム大聖堂
 その頃、市街の中心地にある大聖堂では、密かな企みが動き始めていた。
 薄暗い室内で、緩やかな音楽が流れる。司祭のファイナ・デ・ローザスは、蝋燭の炎をゆっくりと揺らしていた。
「さあ瞳を閉じて」
 ベッドの上のアンに、優しく囁く。
「……はい」
「もっと身体の力を抜いて」
 そっと手足を撫でてやる。
「そう。心も軽くして」
 ファイナの声に誘導されて、アンは静かに眠りに落ちていった。
「司祭様、終わりましたか?」
 背後から野太い男の声がした。
「はい」
 ファイナは、躊躇い混じりに返事をして、それから、徐に振り向く。
 本棚が動かされて、隠し部屋が開かれていた。そこに、全身を黒い衣装で包んだ集団が、気配を闇に同化させて、まるで影のように立っている。
「渡してください」
 リーダー格の男が、慇懃に言う。その声に従って、ファイナはメモを渡した。
「aaa08260……よし!」
 男は数字を確認すると、力強く頷いた。
「よくやってくれました。これでセレーネ半島に平和が訪れます」
「……エリースの御心のままに」
 ファイナは、暫し俯いて唇を噛んでいたが、両手を胸の前で組んで女神の名を囁いた。
「行くぞ」
「はっ」
 リーダーが低く声で命じると、黒い集団が短く返答した。
「……え?」
 ファイナの視界から、ふっと男たちの姿が消えてしまう。眼前には深い闇だけが残っていた。


※テリム宮殿
 夜、オーギュストは当直を除いて、幕僚五傑から4人、鎮守直廊三人衆から1人を呼んで、夜の軍議を催す。
 ソファーに凭れるオーギュストの右隣に、豊満なベアトリックス、左にスレンダーで長身の刀根留理子が科を作って坐り、右足には小柄なサーシャ、左足にサンドラが寄り添い、足の間にはルイーゼが侍っている。
 オーギュストは、左右の二人の腰に手を回し、ベアトリックスの乳ぶさをもみ、刀根留理子の尖った乳首を吸う。
 そして、ベアトリックスはオーギュストの胸に舌を這わせ、留理子は耳を噛み、サーシャとサンドラは、足先から丹念に舐め上げ、ルイーゼはクールで戦闘的な顔立ちを上下に振っている。
 知に武に比類なき天賦の才を与えられた女たちが、その才能の全てを淫技に変えて奉仕し続けている。
「ああ……ン」
 眼前の天蓋付のベッドでは、デイジーが、慣れた手付きで自慰を行っていた。あの初夜以来、満たされぬ夜を過ごしてきたのだろう。
 しかし、生温い。
 右手はただ秘唇の淵をなぞるだけ、左手は乳ぶさを軽く摘む程度。
 オーギュストは、左足を僅かに動かした。
「はい」
 サンドラはオーギュストを見上げて、一瞬で、その意図を理解すると、這って移動していく。そして、濡れた尻を向けた艶めかしい姿態で、ベッドに上った。
「失礼致します」
 デイジーは、にじり寄るサンドラに気付くと、目を瞠り、驚きの声を上げた。
「な、何を?」
 訳が分からず、狼狽するばかりだった。
 しかし、サンドラの手は、無配慮に、汗に濡れる乳ぶさを掴んだ。
「あーっ」
 堪らず、デイジーは甲高い喘ぎ声を発する。そして、恨めしそうに、オーギュストを見遣った。
 オーギュストは、酒を飲みながら、女同士が絡み合う光景を黙って眺めている。
「……」
 その意を悟っても、デイジーは、否とは言わなかった。代わりに、自らサンドラの口に吸い付く。主と呼ぶべき男の導きにより、より深い快楽へと落ちていく覚悟はできている。
「う、ふん」
「あ、はん」
 デイジーが、サンドラの胸を揉む。負けじとサンドラは股間へと手を伸ばす。一秒ごとに、もつれ合う美しい獣の行為は、派手になっていく。
「ううんンンン」
 先に根を上げたのは、デイジーだった。天を仰いで、喘ぎ悶える。透かさず、サンドラはデイジーの胸を吸う。
「う、ひぃぃぃッ」
 敏感になった乳首から、稲妻のような衝撃が走り抜ける。もはや肢体に力が入らない。デイジーは、だらしなく股を開いていく。
 女だからこそ女の弱点が分かる。
 サンドラの指が、軽やかに踊る。烈しい水音が鳴り響き、膣壷から蜜が、はじけるように吹き出る。
「あぁぁ〜ん」
 デイジーは、震えるように喘ぎ、細い腰をくねらせた。


 その時、大きな音が宮殿中に轟いた。城門、外郭の塔などが激しい音を立てて倒れ、館から火の手が上がった。
「被害を報告せよ」
 ベアトリックスが、
「守備兵は、主郭の守りを固めよ」
 ルイーゼが、
「不審者を探せ」
 留理子が、
「魔法結界をチェックせよ」
 サーシャがそれぞれの部下に命令した。
 そして、
「剣を」
 サンドラが、
「弓を」
 デイジーがそれぞれの武器を手に取る。
「……」
 オーギュストは、一人ソファーで大きな欠伸をする。


※テリム大聖堂
 翌日、オーギュストは、市街の大聖堂へ赴く。樫の木の扉を開いて入ると、奥の女神像へ向けて、天井の高い、真直ぐな通路が伸びている。左右の壁は半円アーチが均等に連なり、高窓から、崇高な明かりが差し込んでいた。
 祭壇では、白い司祭服に司祭冠のファイナが、膝をついて、女神像に向かって祈りを捧げている。
「これは上帝陛下、気付かず失礼致しました」
 オーギュストの足音に気付いて、祈りを中断して、徐に顔を上げる。
 飾りっ気のない黒縁のメガネの奥で、憂いに曇っていた顔に、平常の清楚な笑顔の仮面を被る。そして、ゆっくりとまるで舞台の女優のように振り返り、丁寧に頭を下げて挨拶した。
「暫く厄介になる」
「あばら屋同然ですが、どうぞお寛ぎ下さい」
「ああ」
 宮殿が炎上したために、出陣までの間、オーギュストは、ここを仮王宮として、滞在することにした。
「昨夜は大変でございました」
「ええ、素っ裸で、部屋の中をウロウロしてしまった」
「まあ、ご冗談を」
 ファイナは手の甲を口にて当てて笑う。が、眼鏡の奥の瞳は、オーギュストから決して切らない。
「昨夜は、よく眠れたか?」
 オーギュストも、口元だけに緩やかに笑みを作り、赤い瞳は、しっかりとファイナを捕らえている。
「うわさでは……局地的な地震だったとか。恐ろしいことです。ドラゴンの呪いでしょうか?」
「それは違う」
 キッパリと否定する声が、堂内にきれいに反響する。
 刹那、ファイナの笑顔が強張ったが、すぐに爽やかな笑顔に戻した。
「何者かが魔法結界を解除した。2056桁の暗号を一瞬で解除した。そして、全身に破壊魔法を刻み込んで特攻してきたらしい。おかげで主要施設は壊滅だ」
 やや早口で、一切の澱みなく一気に告げる。
「……まあ。なんと恐ろしい。死者の冥福を祈りましょう」
 ファイナは胸の前で短く祈る。そして、安らぎに満ちた声で、オーギュストの無事を喜んで見せた。
「それにしても、陛下がご無事で何よりでした」
「不満か? いや、不思議か?」
「……どういう意味でしょう?」
 一切の翳なく静かに答える。
「昨夕に色々あって……」
 オーギュストは、突然照れ笑いを浮かべて、「担当の女が心配性でね」と温く囁き、それからまた早口で語り出す。
「主郭の結界だけは暗号を変えていた。でなければ、瓦礫の下敷きになっていただろう」
 顔の前に人差し指を立てる。
「で考える。何故暗殺者は新しい暗号を解けなかったのか?」
「……知りません。何故、私にそんな話――」
「そう解けなかったのでなく知らなかった。つまり、暗号がもれていた。そこでまた考える。暗号を知る者の中で、昨夕の変更を知らなかった者は?」
「……」
 微かにファイナの喉が動いて、唾を溜飲する音が、静まり返った堂内に鳴り響く。オーギュストは、意識的に踵を床にぶつけて、ゆっくりとファイナの背に迫る。
「一人しかいなかった。その者の行動を調べると――」
「アンは、相談に来ていただけです!」
 語気を強めて言う。
「アン?」
 オーギュストが眉を撓らせる。それに気付いて、ファイナは慌てて口を噤んだ。そして、オーギュストは、口元を歪めて、また喋り出す。
「いや、別に命を狙われたから、どうこう言っている訳じゃない。こんな時代だ。狙い、狙われるのも、ごく当たり前のこと」
 軽やかなステップでファイナの横をすり抜けて、女神像の前に立つ。
「だが、俺のセックスを邪魔する奴は許さん」
「女神の前で、不埒な!」
 ファイナが、聖女の仮面を脱ぎ捨てて、険しい表情を露にする。しかし、その怒りの言葉を打ち消すように、オーギュストは大声を張る。
「ならば、女神の前で嘘をつくな!」
「……」
 ファイナははっ目を見開き、ぐっと息を呑む。女神の教えを蔑ろにしている者が、これ見よがしに利用する態度に、嫌悪感が窮まる。しかし、それでも、女神の教えに逆らう訳にはいかない。
「アンに暗示をかけたな?」
「……そうです」
 俄かに瞳を閉じると、ファイナの吐き出すように呟いた。
「貴方が生きていては、エリースの教えが歪められる。……逮捕しますか?」
「いや」
「……殺しますか?」
「いや」
 淫らに苦笑するオーギュストを、ファイナは、その意図を察し、瞳を剥いて睨む。
「女神の前で、下郎!」
「俺を殺そうとする女を、必死に嫌がる女を、最も大切な物を汚しながら犯すのが一番楽しい」
「下郎! 下郎! 下郎ッ!!」
 ファイナは、祭壇に影に隠してあったモーニングスターを取り出す。そして、オーギュストへ、身体ごとぶつかっていく。
 目は開いていたが、自らのスピードに、視覚が追いつかない。停止した映像に向かってモーニングスターを渾身の力で振る。
「行けェ!」
 遠心力の働きで鉄球が高速で飛ぶ。
「……」
 オーギュストは肩の金具を外し、マントを前方へ投げた。
 鉄球がマントを叩く。その衝撃が、マントに波状に広がる。
「……うっ」
 動作が終わると同時に、止まっていた映像がすっと現状に重なる。と、眼前には、黒く荒れる海が広がっていた。
――これがマジックアイテム同士の戦い……。
 恐怖で身体が竦みそうになる。
「エリースよ。お力を!」
 エリースの名を叫び、勇気を奮い立たせる。その瞬間、鉄球に無数の棘が発生した。
「やっ!」
 鉄球が引き戻して、死にもの狂いで、もう一度放つ。
 鉄球の棘が、マントを切り裂く。マントは切り刻まれた。しかし、四散したマントの端切れは、夥しい黒い薔薇の花となった。そして、水面を叩いた時のように、ファイナに、はね返ってくる。
「きゃぁ……」
 短い悲鳴を上げる。激しく襲い来る黒い薔薇に、顔を腕で庇いつつ、後方へ倒れてしまう。
 床に降り積もった薔薇の上を、オーギュストが、踏み潰し、かつ、蹴り上げて、ゆっくりと歩く。
「……ひぃ」
 目と目があった。
 瞬間、赤い視線は一筋の槍となって、ファイナを貫く。ぞっとする冷気が全身へ走り抜けていく。まるで凍り付いたように肢体が動かなくなってしまった。
「……」
 オーギュストが、素早く両脚を掴む。
 心臓が早鐘を打ち、余りの戦慄に凝然として、声が出ない。
「行くぞ、来い」
 抵抗する間もなく、脚を高く上げられた。ワンピースの法衣が捲れる。そして、素足を頭の方に折り返して、恥部を剥き出しにする。
「いぃぃぃぃいやぁ!」
 余りの恥辱感に、顔を歪めて、長い悲鳴を上げた。
 オーギュストが腰を屈めて、ショーツを掴んで引き千切る。
「ひぃぃぃッ!」
 新鮮な空気が、秘唇の上をなぞるように流れる。おぞましさに、脳が痺れて、頭が真っ白になった。
 だが屈辱はそれで終わらない。
「ううううぅ……」
 オーギュストの顔が沈んできて、生温かな息が吹きかけられる。あってはならぬ感覚である。だが、もはや、泣き咽るだけだった。
「綺麗じゃないか?」
 嘲笑うように、オーギュストが感想を述べる。そして、口の中に唾液を蓄えて、たっぷりと秘唇へ垂らした。
「ひぃっ!」
 瞬間、ファイナの肩が跳ねた。しかし、上から押し付けられて、ピクリとも動かない。首だけを必死に仰け反らして、逃げ出したい思いを表現している。
 オーギュストは乾いた秘唇に、ペニスを押し当てて、一気に貫く。
「あっ、ううーっ、ああ!」
 準備のできてない身体を串刺しにされて、ファイナは白目を剥いた。
 悲痛に顰めた美貌を見下ろして、オーギュストは、乳ぶさに手を伸ばして、ぐっと握り潰す。
「固いな」
 じりじりとペニスが埋まっていく。
「う、うぐっ……」
 杭を打ち込まれて、身を引き裂かれていく衝撃に、ファイナは惨めに呻いた。
「届いたぞ」
 ついに膣奥にまで達する。瞳からじわりと涙がこれでていく。
「良い締め付けだ。気に入ったぞ」
「……」
 侮辱されても、もう何の反応も示さない。きつく唇を結んで、への字にして、じっと感情を押し殺した。
 しかし、オーギュストは容赦なく、ゆっくりとペニスを引き抜き、再び強く打ち込む。
「そりゃ」
「……」
 遠慮のない激しい抽送を繰り返す。
 ファイナは、振動に合わせて、無機質にカタカタと身体を震わせていたが、まるでネジが緩むように、徐々に、徐々に、感情が貌に滲んで、ついには、真赤に染まった顔から鳴き声がこぼれ始めた。
 そして、長い凌辱の果てに、侵入した異物に顕著な反応が現れてきた。
 その瞬間、ファイナの額にルーン文字が浮かび上がり、貌から苦悶の色が失せた。まるで機械仕掛けの人形のように素早く動いて、手足をオーギュストの身体に巻きつけた。
「うん?」
 オーギュストが怪訝そうに、眉を寄せる。
「どういうつもりだ?」
「どんな男でも、射精の瞬間は無防備になる。私はこの瞬間を待っていた。私とともに天に帰りなさい」
「精神力で、肉体の感覚を打ち消したか……」
 ファイナの白い肌にびっしりとルーン文字が浮かび上がっていく。その上を閃光が走りぬけて、魔法が発動しようとした。
 だが、身体に張り付いていた黒い花びらに閃光が触れると、小さいが激しい火花を発した。
「何?」
 火花は、ファイナの全身で爆ぜる。
「この薔薇……このマントの繊維は魔力を遮る。魔法は正常に発動しない」
「……そ、そんなぁ」
「残念だったな。時間をかけて、恥辱に耐えながら、書いて貰ったのだろうが、全部無駄だった」
「……い、い、いやぁ!!」
 ファイナの心が屈した。
「膣内(なか)には、やめて!」
 遅まきながら、それだけは許して、叫ぶ。だが、射精の感触が、無垢な子宮に広がって行く。初めての男の精を胎内で受け止めて、余りのショックに心が狂いそうになった。
「いやぁーーぁ!!」
 絶叫が堂内に反響して、急激に意識が遠退く。


※街門
 頑丈な城壁を穿った通路を、人や荷馬車が、盛んに行き交う。王都テリムの玄関口である。
 夕刻、ヤンが数人の部下を引き連れて、入場しようとしていた。
 カリハバールは去ったが、戦いはまだ終わっていなかった。亡きローテヴェイクの岳父であるベルナドット伯爵は、義勇軍などを吸収して、勢力を拡大していた。
「パルディアは、パルディア人のもの」
 ベルナドット伯爵は叫び、檄文を各地に送っていた。
 これは、ヴァレリーの子ギュスターヴを中心に王朝を再建しようとするサリス帝国にとって危険な存在であった。
 ヤンは、このベルナドット伯爵に同調しようとしている豪族の調査を行っていたが、そこへ、帰還命令が届き、急遽テリムに戻って来た。
 橋を渡り、門を潜る。高い城壁で囲まれた四角い広場に出る。そこを90度曲がって、もう一度門を潜りと、テリムの街である。
「マックス将軍ではありませんか?」
 街の外へ出て行く人の列の中に、見知った大男を見つけて、声を掛けた。
「……」
 マックスは、暫し聞こえない振りしたが、馬からヤンが降りて近付いてきたので、仕方なく振り向いた。
「おお、ヤンじゃないかぁ、久しぶりだなぁ」
「昨日も会ったじゃないですか。それより、もうすぐ日が暮れますよ。それに、この荷物は何ですか?」
 訝しげに、ヤンはマックスの大きなリュックを見た。鍋や寝袋まである。
「旅に出る」
「へ?」
 正面を真直ぐ見詰めて、マックスは澄んだ声で呟く。ヤンは、しばらくその言葉の意味を理解できなかった。戸惑っていると、後で「大尉」とヤンの部下が急かす。
「忙しそうだな」
 まるで他人事のように、マックスは言う。
「ええ、急にセリア帰還命令が出ました」
「へーえ」
 感心なさげに呟く。
「それより、旅って……」
「ああ、伝説では、オーシャンズ1から13を全て観ると、セクシーで、ダンディーで、仕事のできる、女にもてる洒落た男に成れるそうだから。それを探しに行く」
 マックスはヤンの肩に手を置いて、ギュスを頼むぞ、と囁き、しっかりとした足取りで、門の外へと歩き出した。
「ま、待ってく……」
 ヤンは思わず、マックスの背中に手を伸ばしかけたが、昨日の事件が脳裏を掠めて、声を掛けるのを躊躇した。
「頑張ってください」
 ぐっと胸の前で拳と握り、心配な想いを胸の内に封じ込めた。そして、精一杯のエールを送った。
「おお」
 マックスは、背中を向けたまま手を上げて答えた。
「い、言えない……」
 地獄から必死に立ち直ろうとする男に、真実を告げることが、どうしてもできなかった。ヤンは涙を振り払い、心の中で絶叫する。
――10は、まだ作られていませんよぉ!


【神聖紀1233年8月下旬、セリア】
 揃った人間の足音、馬のいななぎ、鉄の鎧の擦れる音。夜半の静まり返った都の大路に、突如、猥雑な音が流れ込んだ。人々は恐怖に慄きながら、窓の外を覗き、何処からか湧き出た軍勢に恐懼する。
 帝都に侵入した将兵は、幾筋かに分かれて整然と進軍し、そして、セレーネ半島の貴族、枢機卿、高級官僚、大商人の館を、一斉に襲った。
 彼らは皆、全くの日常の中にあり、自分たちの身に危険が迫っていることを予見できる者はほとんどいなかった。
 そして、ヤンは、宰相府内務長官パーレス子爵の邸宅を夜討ちした。
「無礼者!」
 ドアを蹴破って踏み入ってヤンの部下が乱入した時、パーレス子爵は、寝室で、寝間着姿で本を読んでいた。子爵は、持っていた本を投げつけ、鋭く怒鳴りはしたが、それ以上抗う術もない。両腕を、兵士に荒々しく掴まれた。
「は、離せ!!」
「閣下、反逆罪で逮捕します」
 ヤンが逮捕状を見せる。
「成り上がりどもめ! このままでは終わらんぞ」
 捨て台詞を残して、連行されていった。


※グリーズ離宮
 粛清の喧騒が渦巻く中で、オーギュストは、湖畔のグリーズ離宮にいた。
「ン……」
 オーギュストの胸の下で、メルローズが曲げた人差し指を噛む。
「ああっ……ん」
 男の凶器が、秘唇の上を、獲物を求めるように微動し、ついに薄い襞を二つに割った。忽ち、熱く滾った淫らな汁が、とろりと湧き出て、拳のような肉の先端に蜜をかけるように濡らしていく。
「うっ……んぐっ」
 熱い塊が、膣口を押し開いて入ってきた。瞼を固く閉じて、身体を固く丸める。
「うううん」
 じりじりと太く反り返った肉の刀が、柔らかな膣道を抉り擦る感触に、歯を食い縛り、呻くように鼻を鳴らした。
「ああン」
 奥に届いた時、顎を上げて、半開きの口から甘く蕩けるような吐息をもらす。
「あああ……ン」
 ゆっくりと膣内の汁を掻き出すように、肉塊が引き抜かれていくと、背筋にぞわぞわとした感覚が伝わり、堪らず、裸体を弓なりに仰け反らせた。
「……」
 オーギュストの眼下に、圧倒的ボリュームを誇る乳ぶさがせり上がってきた。思わず、生唾を呑み込んだ。
 その重量に負けず高く突き上がり、左右に流れることもなく、しっかりと正面を向いている。乳首は小振りで、薄桃色に固く尖っている。
 数多の美女を抱いてきたオーギュストでも、
思わず溜め息をついてしまうほど、メルローズの乳ぶさは美しい。
「あああ……んんん」
 すっかり引き抜かれると、体内にぽっかりと空洞ができた。大切な物を失ったような寂寥感が、下腹の奥でもやもやと蠢き、切なさで気が狂いそうになる。
「も、もっと……」
 腕をオーギュストの首に絡めて、腰を震わせる。そして、子猫のようにねだった。
「ああ、よしよし」
 オーギュストが、にやりと悦び、すっと打ち込む。
「ふぁ、あああん」
 堪え切れず、メルローズは、目を見開くと艶やかに喘いだ。
――い、いい、気持ち、いいっ!
 衝き上げられる度に、熱い波動が、脳天まで伝導する。熱い、苦しい、痺れる、痛い、そして、気持ちいい、煩雑な感情が入り混じり、まるで熱帯の大河のように、澱み濁った水となって流れ下る。
「あう……あががァ……」
 脳が溺れて、言葉が紡げない。
 オーギュストが上体を屈める。唇と唇が重なる。メルローズの貌が、艶やかな朱に染まっていく。
「う、んっ……んくっ……」
 口の中を吸い上げられる。脳を冒していた感情のスープから、余分な成分が吸われていく。そして、残ったのは、純粋な快感であった。
――ああ、本当のセックスをしている……。
 意識が恍惚の海に沈んだ。
「あ、ああ、イイ、ああっ、あわわわ、あっ、あぁぁぁ!」
 脳裏でパパッと小さな光が点滅した。と気付いた瞬間、光は全体に広がり、何もかも白く塗り上げた。もはや何も考えられない。
 メルローズはよがり声と言うよりも、獣の咆哮似た叫びを上げていた。そして、両脚をオーギュストの腰に絡みつかせて、下から腰を突き上げ始める。
「だめぇ……おか、おかっ、おかしくなるぅ……」
 悩乱の声とともに、腰を振る。
 オーギュストは、右手をメルローズの胸へと運んだ。重量感のある乳ぶさは、手の中では治まり切れない。
「ひぃっ!」
 一瞬、メルローズの裸体が、雷撃にあったように跳ねて、硬直した。そして、虚ろな瞳が宙を彷徨い、熱に魘されたように、肢体を狂おしく悶えさせる。
「あ……がぁぁあ、んんがぁ……」
 オーギュストは、右の乳房を揉みながら、左の乳房へと口を運ぶ。硬く尖った乳首を口に含み、舌で舐め上げ、絡め、弾いた。
「し、死ぬぅ、死んじゃうぅぅぅ……」
 躯の芯まで痺れ切り、のたうつように両手両脚を四方へ投げ出す。
 オーギュストは、メルローズの腰を掴んで持ち上げた。そして、ぐっと力強く引き寄せて、さらに深く鋭く腰を打ち込み。メルローズも、呼吸をピタリと合わせて、クイクイと腰を突き出した。
 子宮口を叩く衝撃が脳髄まで響き、粘膜が擦れて、熱い官能の炎が燃え滾っていく。
「あひぃぃッ……ああぅッ、いッ、イクッーーぅ!!」
 ついに官能の深淵に到達して、断末魔のような叫びを上げて、総身をガタガタと痙攣させた。
「――ッ!!!」
 オーギュストはメルローズを絶頂へと送り届けると、自分も果てた。


 東の空が青い光に満たされていく。そろそろ夜が明けようとしていた。
「あ〜ぁ、イイっ」
 メルローズは、陶然とした目付きで、仰向けのオーギュストの上に跨り、胸に手をついて、腰を前後に動かしている。
「ああ、ここっ、ここぉ、ここがイイぃ。こすれるぅ……」
 腰の角度を自分で調節して、ポイントを探っている。
「いいい、いーー、またっ、またぁ……イッひゃぁうぅぅぅッ!」
 両腕で自分の胸を抱き締めて、頭をガタガタと痙攣させて、絶頂を迎える。
 その時、ベッドの横の衝立の影から声がした。
「申し上げます」
 ケイン・ファルコナーが跪いている。
「終わったか?」
「はい。作戦の方は、後ほど参謀の方から説明がありますが……」
 言葉を濁す。
 それを聞いて、メルローズは、オーギュストの上から降りて、浴室へと向かった。
 シャワーの水の音が聞こえると、ファルコナーがメモを差し出した。
 ベッドの端に腰掛けて、読み始めたオーギュストの顔が、みるみる蒼褪めていく。
「バカな!」
 思わず、吐き捨てるように言う。その声に驚いて、メルローズが顔を出した。
「間違いないのか?」
 それから、視線を上げ、震える声で問いかける。
「何分、宮殿の最深部の話なので、憶測の域を出ません」
「馬を用意しろ」
「はっ」
 オーギュストは、慌ただしく立ち上がる。
「どうしたの?」
「ちょっとノイエ・ルミナリエ宮殿まで行って来る。誤報だろうが、念のために確認してくる」
「そう」
 メルローズは、優しく微笑んだ。

 護衛も付けずに、オーギュストの愛馬を操って、グリーズ離宮から出て行く。
 ナイトガウンを羽織ったメルローズが、バルコニーからそれを見送っていた。
「お姉さま、体はお返ししましょう。でも……」
 眩い朝陽を浴び、ゆっくりと髪をかき上げながら、ふっと翳のある笑みを口元に浮かべる。
「抜け殻よ。魂は私が全部吸い尽くしましたから……」


※ノイエ・ルミナリエ宮殿
「退け、退け、退け!」
 ノイエ・ルミナリエ宮殿に、正面から押し入る。そして、「寄らば、斬る」と全身から殺気を漂わせて、オーギュストは、廊下を直進する。
「お、お待ち下さい」
「……し、しばらく、しばらく」
 皇宮衛士隊は、おどおどとするばかりで、誰も止めることができない。
 ついに、カール6世の部屋にたどり着く。
 意匠をこらしたドアを開けると、ティルローズの侍女が、ぎょっとして、思わず両手で口を押さえた。
「ティルを出せ。聞きたいことがある」
 大して厳しい口調でもなかったのだが、オーギュストの気迫に押されて、若い侍女は、泣き出してしまう。
 すぐに、侍女頭が駆けつけ、「まだ大殿籠りです」と丁寧に応じた。
「俺を舐めるな」
 今度は、眼光を鋭くして脅しに掛かる。しかし、侍女頭は、体を震わせながらも、すっと背筋を伸ばして、拒絶の意を示した。
「ならば、こちらから行く」
 業を煮やしたオーギュストは、一度舌打ちをして、「除け」と強引に踏み出す。
「お、お待ちを」
 侍女たちは、手を上げて留めようとするが、体が萎縮して、足を引いてしまう。
「静かにしなさい」
 奥の扉が開いて、ティルローズが出てきた。
 オーギュストは、すぐにその前へ進む。
「何故、セリア中の教会に、祈祷させている」
「……」
 ティルローズは視線を合わせず、横を向き、乱れた髪をかき上げた。眠っていないらしく、顔は青白く、目が窪んでいた。
「カールは、どうした?」
「……」
 何も答えなかったが、次第に、目が赤く充血していく。
「退け」
 オーギュストの心を狼狽が掠める。吐き捨てるように言って、ティルローズの横をすり抜ける。
 部屋の中に入ると、 護符、パワーストーン、毒消しの木、身代わりの人形、ありとあらゆる魔除けの品々が、ベッドの周りを囲んでいた。
「なんだ、これは?」
 最悪の予感に、声が震えている。
 魔除けを蹴り除けて、ベッドに近付く。薄暗いベッドの上で、子供が寝ていた。上から覗き込んで様子を見た瞬間、全身の血が凍りついていく。
「灯りを!」
 険しく叫ぶと、手の脈を調べ、呼吸を確認し、そして、額の熱を計った。
「……」
 熱は火のように高い。脈はか細く、時折乱れていた。
 オーギュストは、心臓を締め付けられるような息苦しさを覚えて、堪らず、襟のボタンを外した。
「……」
 不意に、子供の顔が明るくなった。ティルローズが自ら、ランプを手に持って翳している。
「カール……」
 もう一度よく顔を見る。名前を呼び、何度か揺すったが、閉じた瞼の睫毛が僅かに震えるだけで、起きる気配はなかった。
 胸に耳を当てると、ゴロゴロと不快な音がした。
「何時からだ?」
「五日前から熱が酷くなって……」
「前から体調が悪かったのか?」
「ええ……」
 ティルローズは急に涙声になり、決壊しそうになる感情を、口を固く噤んで懸命に堪えた。
「何故黙っていた?」
 立て続けに質問ばかりする。ティルローズは、大きく息を吐いた。
「だって……」
 一度鼻をすする。
「武門の棟梁たるサリス皇帝が、病弱じゃ、舐められるでしょ……」
「命を失くせば、元も子もないだろう」
「……でも」
 ティルローズは黙る。その唇が震え出し、頬を涙が落ちていった。

 昼になった。外は、気温が上昇して、むせ返るような暑さとなっている。
 オーギュストとティルローズは、カーテンを閉め切った暗い部屋の中で、息の詰まるような死の予感に、まるで地獄の釜で焼かれているような思いを味わっていた。
 オーギュストは、薬草を擦り、白い粉に混ぜて練り、それを薄く胸に塗っていく。
「それ竜骨?」
「いや、小麦粉」
「……」
「これで様子を見よう。少し休むといい」
「冗談じゃないわ!」
 ティルローズは、ベッドの傍を離れず、ずっと治療を眺めていたが、オーギュストの言葉に、やつれた顔を激しい勢いで上げて、唾を飛ばすほどに怒鳴った。
 勧めたオーギュストも、まさか素直に従うとは思っていないので、気に留めず、取り敢えず顔に付いた唾を拭く。そして、立ち上がると、ドアの方へ向かった。そこに、予め、ファルコナーを呼んでいた。
「逮捕した連中を殺すな」
「はっ、しかし……」
 ファルコナーは、思わず眉を寄せる。
「地位と財産を没収して、放り出せ」
「はい……しかし……」
「それから、恩赦だ。死刑囚を全員釈放せよ」
「はい」
「不服か?」
「はい。将来に禍根を残します。しかし、陛下が、ご決断なされたことならば、私は従います」
 ファルコナーは恭しく礼をして、下がって行った。
「いいの?」
 ティルローズが、緩慢な動きで、肘掛に頬杖にして、訊く。
「こんなに魔除けを収集しといて、何を言う」
 オーギュストが苦笑すると、ティルローズも、ようやく口元を緩めた。
 ティルローズは、額のタオルを取り、盥の水に浸した。
「熱はまだ高いわ……」
 搾ったタオルを額に当てる。
「呼吸は随分楽になったようだ」
 顔を覗いて、オーギュストが言う。それから、ティルローズの隣に坐った。
「そう……」
 小さく呟く。短い言葉の中にも、今までの張り詰めた想いが薄らぎ、安堵の気持ちが滲んでいる。
「この子には、立派な武人になって欲しかった……」
 肩に頭を乗せて、静かに語り始める。
「でも、少し無理をするとすぐに熱が出て、いつもは薬で治っていたのだけれども、でも段々薬の効きが悪くなってきて、ついに、こんな風になってしまった……」
 閉じた瞼の睫毛を震わせて、小さな声で、ごめんなさい、と呟く。
「大丈夫、眼を覚ませば、調合した薬を飲ませる。それで熱は下がる」
「ええ……」
 声がかすれて、小さな欠伸をした。
「……ずっと一人で心細くて……」
 そして、声が途切れて、深い眠りと落ちていく。

 生きとし生けるものを焼き尽くすような、灼熱の太陽が沈んだ。
 オーギュストは、ランプに火を灯す。ティルローズは、ソファーでくの字になってぐっすりと眠っていた。
 大きな欠伸を一つしてから、脈をとり、熱を計った。と子供が僅かに体を動かした。オーギュストが、呼吸も忘れて見守っていると、徐に薄く目を開いていく。
「さあ、これを飲め」
 焦る気持ちを抑えて、用意していた薬を飲ませる。子供は、ぼおーとしていたが、喉が渇いていたのだろう、音を立てて煎じ薬を飲み干す。そして、余りの苦さに顔を顰め、そのままの顔で、また眠りに落ちていった。
「はは、何て顔だ」
 ようやくオーギュストにも、笑う余裕が生まれた。

 深夜を過ぎた。時計の針の音だけがこだまして、世界は滅びたように静まり返っている。
「……うん?」
 オーギュストは、うとうとしていたが、不意に視線を感じて、子供の顔を覗き込む。
 カール6世は、大きな瞳を開いて、不思議そうにオーギュストを眺めていた。
 素早く脈をとる。今までとは違い、力強く打っている。額に手を当てる。熱は下がっている。胸の音を聞く。不快な音はもはや消えていた。
「よく頑張った」
 頭を撫でてやってから、ティルローズの所へ行く。優しく揺すると、ティルローズは、弾かれたように起きた。
「ど、どうしたのだろ?」
 取り繕うように、髪を何度も撫でる。それから、子供の傍へ飛び付いた。
「カール、カール……」
 何度も、溢れ出る涙を拭わず、夢中で名前を呼んで抱き締めた。


※グランクロス宮殿
 オーギュストの居城は、グランクロス宮殿である。その本郭御殿の東宮は、皇帝の行幸のために造営されていたが、一度も使われることなく、長く門は閉ざされたままだった。
 しかし、オーギュストが、ノイエ・ルミナリエ宮殿を訪ねた一週間後、全て窓が開けられ、調度品の白い布が外され、蝋燭に火が灯された。
「セレーネ半島の叛乱勢力を掃討せよ」
 そして、オーギュストとティルローズの名前で、ルブラン公爵家、スピノザ侯爵家などのセレーネ半島の貴族に対して、勅令を発せられた。

 その夜、盛大な花火大会が催される。
「ほら、大きいのが上がったよ。綺麗だねぇ」
 オーギュストは、愛する家族と黄金の浮遊塔の最上階(三層)にいた。
「パパ、これニュートリノ観測できないの?」
 ユリア(アフロディースの娘、第一子)が、天体望遠鏡を覗いている。
「上がり目」
「下がり目」
「くるっと回って」
「きゃははあ、面白い顔」
「……うぎゃ」
 エレナ(カレンの娘、第二子)とフェリシア(ミカエラの娘、第三子)が、レアル(クリスティーの息子、第四子)の子守と言うより、玩具代わりにして遊んでいる。
 さらに、幼いカール6世(ティルローズの息子、第五子)、ギュスターヴ(ヴァレリーの息子、第六子)アポロン(アポロニアの息子、第七子)、の三人が、競争するように泣き喚き、それぞれの母親にあやされている。
「亡きバラム公オットー3世の忘れ形見を、長男(ルートヴィヒ)の嫁に貰うそうね」
「ええ、シュザンナという娘です」
「これで、バラムを引き継ぐのは、ディアン家と言う事かしら」
「さぁそれは上帝陛下がお考えになること」
「お手付きだとか?」
「ええ、これでディアン家も、ますます上帝陛下と絆が深くなります」
「末娘(ヨハンナ)を献上するという噂もあるわ」
「ええ、名誉なことです」
「そう。それで、次男(ナイトハルト)さんの監督責任も不問なのね」
「……それは関係ありません」
 二層の閉ざされた居室では、クリスティー、アフロディース、ミカエラ、エヴァ、エルザ=マリアの5人が、カードゲームに耽りながら、熱く語り合っている。
「緑色が綺麗」
「オレンジも」
「両方とも新色ですね」
 バルコニーでは、カレン、テレジア4世、シモーヌの三人が、和やかに談笑している。
「うそ、じゃ、あの人形劇団(第60章参照)が犯人だったわけ?」
「そうらしいわ」
「マックスさん、かわいそう(笑)」
「まあ、この位で挫ける、マックス&フリオの名コンビじゃないわ」
「でも、失踪らしいわよ」
「えーえ、意外ぃ」
「あら、私は、○○14をやり込んでいると聞いたわよ」
「しかし、貴方も加わるとはねぇ(苦笑)」
「あら、あたしは分かっていたわよ」
「お恥ずかしい(汗)」
「ヴァレリーさんが引っ越して、空き部屋もあることだし」
「まあ、仲良くしましょう」
 一層では、メルローズ、マルガレータ、オードリー、アメリアの4人が、丸テーブルの上に山積みされたお菓子を囲んでいる。
「アルティガルドでは、物価の上昇が止まらないそうだ」
「ヴィルヘルム1世陛下は、政治に飽きておられる」
「宰相のジークフリードの独裁らしい」
「上帝陛下は、どう処置されることか……」
 玄関付近では、ベアトリックス、ルイーゼ、刀根留理子、マルティナのアルティガルド出身者が顔を揃えている。


【神聖紀1233年9月、アルティガルド】
 アルテブルグの宰相府に、重臣達が集まっていた。議題は、オーギュストのパルディア遠征に関して、である。
「以上の理由から、ライデンへの侵攻を中止でしょう」
 セリア担当の軍官僚が、報告を終えて、安堵の息を吐きながら着席する。
「往往にしてある」
 宰相ジークフリード・フォン・キュンメルは、爪を噛みながら、苦々しい目付きで窓を睨んだ。
 外は激しい雨が降っている。雨粒がガラスに弾かれて飛沫となり、室内からの光に、薄っすらと浮かび上がっている。
 セレーネ半島貴族の造反という報告に、喉の奥に指を突っ込まれたような衝撃を受けていた。
――そう、裏切りは、往往にしてあるのだ!
 ジークフリードの政策は、一応の成果を見せ始めている。
 金貨の質を大幅に下げて、国家収入を増加させた。また、検地を行い、従来より短い尺度で農地を計り直し、余った土地を没収して国有地とした。これらによって、敗戦で逼迫していた財政は飛躍的に回復した。
 しかし、商人たちからは、インフレに懸念の声が、地主層からは、事実上狭くなった農地から今まで同じ税を取られて不満の声が、そして、国有地の小作人からは、重税の悲鳴が上がっていた。
 これらの声に押されて、これまでジークフリードを支持していた官僚の中にも、改革に疑問を呈する者が現れていた。
『あのディーンでさえ背かれる……』
 実績十分のオーギュストに対して、真実、彼は何ら功績を立てていない。彼が最も評価されている先の大戦での殿は、勝手にオーギュストが軍を退いただけであり、彼は何一つ役に立っていない。
『ならば、自分の場合は、どうであろうか……』
 所詮、自分の立場は、エリート達の政局争いから生まれた妥協の産物に過ぎない。役割を終えれば、彼らは、権力の奪還を図るだろう。
『間違いなく裏切られる』
 心の迷宮から、強い思いが鎌首をもたげてくる。
『ならば、裏切られる前に倒せ!』
 札付きの悪童から宰相にまで上り詰めたジークリードにとって、蹴落とされる事が最も恐ろしかった。
「綱紀粛正のために、新たな法を制定する」
 真実を永久に封印するために、温めていた政策を実現する時が来たのだ、と確信する。
 動揺する重臣達を前に、ジークフリードは朗々と宣言する。
「先の大戦で、軍費などを濫用した者がいる。これらの罪を罰し、全額返済を求める」
 その声が、部屋の隅々に響き渡り、室内は水を打ったように静かになった。誰もが、我が耳を疑い、時を忘れて唖然としている。
 戦時において、資金の流れは、兎角不透明な部分が多くなる。横領や収賄も多かったが、戦局の悪化にともない、正規の手続きを踏まずに物資を徴発する事例もあった。
「不正を厳しく追求する」
 ジークフリードの最初の標的は、真実に一番近い、かつて部下や軍の同僚に向けられた。


続く


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